成相寺

本堂

もともと、本堂は現在より山の上に建てられていましたが、山崩れのため移転されました。

現在の本堂は、安永3年(1774)のもので、古式に則り5間4方の入母屋造で、正面千鳥屏風、軒唐破風で飾ってあり堂内のお厨子に安置された本尊の木造聖観世音菩薩は平安期のものです。

真向きの龍

飛騨の伝統的な彫刻職人『左甚五郎』作

江戸時代に雨乞いの為、龍の彫刻を成相寺に奉納することになり、折しも宮津に滞在していた甚五郎に依頼しました。しかし、見たこともない、龍の彫刻など彫れるかと、そんな中ある夜夢の中で、龍の住処を教えられ、夢で教えられた場所、成相のとある滝壺へ降り立ち、観音堂に向かい祈ること三日後に、滝壺から龍が姿を現し天空へと立上り雲の間に消えていったと、こうして完成したのが「真向きの龍」

撞かずのの鐘

寺に新しく梵鐘を造ることになり、寄進を求めたところ、裕福そうな女房が「子供はたくさんおるが、寺に寄進する金はない」と断り、やがて鋳造の日、大勢の見物人中に女房も乳呑み児を抱いて見物していた。そして、あろうことか誤って銅湯の入ったルツボの中に、乳呑み児を落としてしまった、鐘は見事に鋳上がったが、撞いてみると乳呑み児の悲しい鳴き声が聞こえてくるので、人々は乳飲み子の成仏を願い、この鐘を撞くことを止め、以後『撞かずの鐘』と呼ばれている。

一願一言地蔵

「成相寺」の名の由来にもある通り、「成相寺」は願い事が成り合う寺で、一願を一言でお願いすればどんな願いも必ず叶えてくれるという、約620年前に創られた地蔵は、本当にご利益がありそうに思えるかなり歴史を感じさせる外見で、安楽ポックリの往生も叶うと伝えられている霊験あらたかなお地蔵さんでもあるのです。

鉄湯船

成相寺の湯屋で湯船として使用されていたものといわれ、沸かした湯をこれに入れ、かかり湯・薬湯を沸かして怪我や病気の人を治療するために使われたという。
この「鉄湯船」は鋳物師山河貞清によって鎌倉時代、正応3年(1290年)に作られたものとされ、重要文化財に指定されている。
金属製の龍の飾りが付けられており、その口から水が流れ出て、この水は成相寺創始当初の本堂のあった場所から湧き出ているものをここまで引いてきているといわれ、名水とされている。

西国巡礼堂

このお堂には、三十三各霊場のご本尊が安置してあり、この堂に参拝されると三十三ヶ霊場を巡回と同じご利益があるそうです

 鎮守は熊野三所権現で、寺伝によると延宝4年(1678)堂を建立したという。現本堂は安永年間の建立で、そのほかの建築物はそれ以降のものである。

成相寺五重塔

成相寺は、文武天皇の勅願所として慶雲元(704)年に真応上人が創建したと伝えられている。

これは、雪舟が描いた「国宝天橋立図」に描かれている五重塔を、平成に入ってから復元した新しい塔で、鎌倉時代の建築様式を再現した木造塔である。